自己紹介

「あなたの軸と星をつなぐナビゲーター」のチョールトンかやのです。

私は横浜生まれ横浜育ちで、高校卒業するまでは横浜在住でした。

母に小さいころから「手に職をつけろ」と言われ育ちました。
生前母が准看護師だったこともあり、その背中を見て育った私が看護職を目指すことは何も不思議な事ではありませんでした。

高校卒業後、看護学校へ進学、看護学校卒業後国家資格を取得し某都内の総合病院で3年半勤め私は1999年~2000年のミレニアムをワーキングホリデーでパースで過ごしました。

小さいころから海外に興味があったので、ワーホリで過ごした1年はそれは夢のような日々でした。
私はすっかり「パース」という町に惚れこみ、日本帰国の日に「絶対にパースに帰ってくる!絶対にパースに住む!」と固く心に誓ったのでした。

でも、どうやって?
どうすればパースに住むことができるのか?
ビザはどうする?仕事はどうする?
ワーホリから帰国して私は調べました。

そして、その当時はオーストラリアは看護師不足でオーストラリアで看護登録して看護師になれば政府からビジネスビザを出してもらえることを知りました。

その時から、私の夢は「パースでナースになってパースに住む!」ことになりました。

夢へ向かって

留学にはお金が必要、留学資金とナースとしての経験を貯めるために病院で働き、英語の勉強も頑張りました。
そしてとうとう、夢をかなえるために2005年にパースへ看護留学を果たしたのです。
30歳の春でした。

その後は、2007年大学を卒業しオーストラリアの看護登録、パースの公立の病院へ就職しました。
大学卒業間近にバイト先で旦那と出会い、1年の交際を経て結婚。
結婚して次の年に長女、その2年後に長男をオーストラリアで出産しました。

夢をかなえたけど、私の人生これでいいのか?

「パースに住みたい!」という夢がかない、30歳を過ぎて一人でオーストラリアに渡った私にも家族が出来ました。

描いた夢は叶い、順風満帆と思われた私の人生、なのに、長男を産んでから悶々とする日々が続きました。

パートナーに恵まれ、子供にも恵まれ、仕事にも恵まれ、これ以上何を望むの?
私のやりたいことって何なんだろう?
私の使命って?
このままでいいのだろうか?という焦り。

コーチングを受けてみたり、サイドビジネスを始めてみたり、自己啓発のセミナーを受けたり、
いろんなことにチャレンジしました。
でも、霧の中をさまよっているような感覚、もやもやはなかなか晴れませんでした。

日本移住しないか? 何か見つかるかも?

そんな時、旦那が言った「日本に住んでもいいよ。」
この一言が私の人生、私たちの方向性をぐるっと変えたのです。

「もしかしたら、私の求めているものはパースにはないのかもしれない。」と思ったのです。

その後も旦那と話し合いを重ね、家族で秋田移住を決めました。


2019年4月に西オーストラリア・パースからオーストラリア人の旦那、
オーストラリア生まれのしっかり者の長女、
オーストラリア生まれのいまだに地に足が付かずふわふわ生きている長男と
私の家族4人で秋田の山奥に移住しました。

移住したけど、もやもやは変わらず、このままじゃどこへ行っても同じ

日本、オーストラリアでも正看護師として病棟に勤務していましたが、秋田移住を機に看護師を引退しました。
看護の仕事は好きでしたが、これを機にもっとやりたいことが見つかるのではないか?と思ったからです。

新しい環境での生活、子供たちの学校関係、家事、そして3つのパート職を掛け持ちしながら、
念願だった家庭菜園を始め、自給自足を目指す生活。
移住と言う大イベントを乗り越えたけども私のもやもやは晴れませんでした。
今までの私の経験、キャラを生かしこの阿仁という地域に貢献していきたい。
でもどうやって?
私にできることは何?
私の使命って?
私は何で秋田にやってきたのだろう?

このままではどこへ行っても同じ。
そんなモヤモヤの中、家族も日本に慣れ始めたころにコロナがやってきました。

占星術との出会い

占いは小さいころから好きで、時々本を買って読んでましたが、
占うのはその当時好きになった彼との相性のみでしたので、
そんなに詳しいほうではありませんでした。

そんな私が占星術を習い始めたのは2020年のコロナ禍でした。

その少し前あたりから世間で「風の時代」と言う言葉を耳にする事が多くなったころ、
地位や資産と言った目に見えるものを重視する「土の時代」から、自由、精神性、経験など目に見えないものに価値が置かれる「風の時代」へ移り変わっていく事を私は肌で感じていました。

もっと自分のことが知りたい!
自分は何のために生まれたのか?
占星術を勉強すればわかるのかもしれない?
そして、占星術がお天気予報の様に活用できたら面白いなと思って、
占星術を習い始めました。

占星術を勉強する間に変化したこと

オンラインで占星術を習い始めて、同じように占星術を勉強する仲間が日本だけではなく世界中にできました。

勉強していくうちに自分の中に様々な性質を持ったキャラ(天体)がいる事、
外から見る自分と私が感じている内側の自分にはギャップがある事、
どの星も全部私を作っている自分なのだと気が付きました。

それまで感じていた「こうでなければ!」と言う思いが少しずつ
和らぎ、「私は私でいいんだ~」と自分を受け入れられる事が出来るようになりました。
占星術を勉強することによって私は自分と向き合えたのだと思います。

本質が見えていないのは私だった

約1年かけて占星術のベーシックを習い、モニターさんを募集して星読みをしました。
その後、すぐに続けてアドバンスドコースを受けました。
でも、モニターさんを読み終わってからも
自分から堂々と「占星術師です!」とクライアントさんを大々的に募集することはできませんでした。
なぜなら、自分の星読みに自信がなかったからです。

さらに勉強をして自分のチャート、家族のチャート、
友達のチャートと友達の紹介でいらしたクライアントさんのチャートと
少しずついろんな人の星を読んでいきました。

そうしているうちに、友達やクライアントさんから
「すごく元気が出ました。」
「行動を変えるきっかけやヒントが明快で今の私に必要なメッセージが溢れていました。」
「大丈夫よ!かやのさんから言われるとかなり大丈夫だと思えました。」
「自分を知るとてもいい機会になったし、これから進むべき未来への覚悟がさらに固まりました」
と嬉しい言葉をたくさんいただけるようになりました。

沢山のセッションの中で感じたのは、「意外と自分の事を知らない人が多い」と言うことです。
自分の中にはいろいろな可能性が眠っているんです。
自分がもっているものに気が付き、
それを使って自分の人生をどう生きるか?
が大切だと思っていましたが、
一番見えていなかったのは自分だったということを
クライアントさんが教えてくれました。

私はクライアントさんのもやもやの中に一筋の光を照らしてあげることが出来る
そっちだよ、その方向であってるよ!
大丈夫大丈夫、迷わず進みなさいと背中を押してあげられる。

なぜなら、私自身がずっともやもやの中を光を探してさまよってきたから。
もやもやの中を一人でさまよう寂しさを私は知っているから。
そして、いつの日かその靄が晴れることも知っているから。

私は占星術と言うツールを使ってその人の本質を伝えることが出来るのだと
実感しました。

みんなに知ってほしい自分の輝く星

全ては表裏一体
自分には欠点に思えることも
他の人から見れば「すばらしい才能」に見えます。
素質は良い、悪いではなく使い方。
星を読むことで「ぁあ、私はこれでいいんだ」「そうそう、私はそうだったわ」と本来の自分を思い出してほしい。
自分だけの輝く星があなたの中にもたくさんある事を知ってほしい。

もやもやの中をさ迷っているクライアントさんの背中を
ガンガンおしてあげられる占星術師を目指して活動しています。

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Posted by Kayano